我が青春のバイク屋

自分が大学生だったころ、
オートバイを中心に生活がまわっていた。
人生はオートバイそのものだったのである。

朝起きると学校に行くつもりが、あまりの天気のよさに
学校を通り過ぎて2~3時間のツーリングに行ってしまったりもした。

朝は起きるとまずバイク屋に行くのが習慣だった。
そこのバイク屋は、ぼろい一軒やのなかを無造作にブチ抜いただけの家で、
看板がなかったらまずバイク屋とは思えないような店構えだった。
一応シャッターはあったかな。

そこの社長(といっても一人しかいない店だけど)はギャンブル好きで
いつも掛けマージャンに行っては2~3日帰ってこないことがあった。

そこでたくさんいる大学生の常連が店のシャッターを開け、
お客さんのバイクの修理をしたり、その修理代で飯を食べたりという
常識ではまったく考えられないような店だった。
しかし、そんな無頼さが居心地のいい大学生がたくさんいて、店の営業(販売ではない)
には差し支えなかった。
自分もその中の一人だった。

夜は仕事が終わった社会人の常連も集まり、
毎晩夜中の2時3時まで、ワイワイと楽しくやっていた。
そこの社長は整備の腕だけは確かだったようで、
特に2スト、モトクロスマシンのチューニングに関してはすごいものだったらしい。
あくまで他人に聞いた話だが。

店にいるときはいつも居眠りしてたので、そんな感じはみじんも見せなかったが。

日曜になるとみんなでツーリングに行った。
そのツーーリングはほかのクラブでも有名だったくらい、
すごいツーリングだった。
よく行ったのは蔵王エコーライン、コバルトライン、ツチヤ峠とかだったか。

とにかくワインディングロードに入ったとたん、だれかれともなくカッ飛び始める。
その瞬間、そこはサーキットと化してしまう。

もともとハーレー・ローライダーに乗ってた人も、一度そのツーリング参加したとたん
バイクを変えてしまった。

社長が安全運転協会のメンバーだったこともあって、無料で限定解除の講習もしてくれた。
おかげで常連は社会人、大学生問わずほぼ全員、750乗りだった。
それがだんだんと外車に移っていって、そのときの主な外車はそこでほとんど見ることができた。
自分もそのころDucati 900 ssなんかが好きだったが、
中のよい友人がM・Hレプリカを買ってしまったので、ほかに誰も乗っていないやつということで
Laverdaを買った。

しかし、その後就職や、プータロー生活に入るようになって、人生の価値観も変わってきて、
カナダに移住するときに、Laberdaを売ってとりあえず自分のバイク生活は終わった。

でも今度はカナダでMCライフ第2弾がスタートだ。

まずは免許取ろうっと。
[ 2009/02/24 05:42 ] Category: None | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://harukakanada.blog.fc2.com/tb.php/1274-bdb2c4f4